キーボードの紆余曲折の話
最近ちょっとお高いキーボードを買った関係で、自分がこれまで使ってきたキーボードのことをいろいろ思い返してしまった。せっかくなので、ここにちょっとまとめてみようと思う。(なお、音楽用のキーボードではなく、文字入力用のキーボードの話です)
人生で最初にキーボードに触れたのは、親が通信教育で借りていたPC-8801で遊んだときだったように思う。N88-BASICで簡単なプログラムなどを書いた記憶がある。88だから、おそらくJIS配列キーボードだったのだろう。カナも使っていた覚えがあるが、入力方式とかキー配列とか、そんなことはもちろん意識していなかった。
はじめて所有したキーボード付きデバイスは、ワープロ専用機のカシオワードだった。五十音配列モデルとJIS配列モデルがあったが、自分はJIS配列を選び、日本語はカナ入力を使っていた。1打鍵でカナ1文字を入力できる方が、ローマ字入力より効率的だと思ったのだろう。このときからブラインドタッチを始めた。
そのうち親が仕事で富士通のOASYSを使い出したせいで、自分のワープロもOASYSに変わった。そしてこのとき、入力効率が良いという触れ込みを信じてうっかり親指シフトモデルを選んでしまったのが苦難の始まりだったのかもしれない(大袈裟)。せっかく慣れていたJISカナ入力を捨てて、親指シフトに乗り換えた。OASYSを使って打ち込みバイトなどもやった。大量の日本語を集中的に打つ場合、確かに親指シフトは速かった。
そしてワープロ専用機は時代遅れになり、パソコンに取って代わられた。学校で使っていたのがMacintoshだったので、自分が最初に買ったパソコンもMacintoshになった。付属していたApple Keyboard IIはUS配列だった。いま調べるとJIS配列も選べたようだが、こちらも学校で使っていたのがUS配列だったから同じものを選んだのかもしれない。ともかく、英字に関しては、せっかく慣れていたJIS配列を捨ててUS配列に乗り換えた。日本語の方はというと、エミュレータソフトを入れて親指シフトを使い続けていた。スペースキーを左シフト、その右にあるEscキーを右シフトに割り当てていたのだが、Escキーは相当右に寄っているので親指では打てない。そこで、歯ブラシに釘を打ち込んだものをキーボードに取りつけ、歯ブラシの頭を押すと釘がEscを押下するようにして、むりやり親指シフトにしていた。これを歯ブラシシフトと呼んでいた。当然だが、家の外では親指シフトが使えないので、日本語についてはローマ字入力との二刀流になった。
FreeBSDを使うようになったころ、PFUのHappy Hacking Keyboard (HHKB) PD-KB02を買った。当時はUS配列しかなかった。HHKBの「Aの左がCtrl、1の左がEsc」という配列は非常に使い勝手が良く、左手小指への負担も減るので大変気に入った。FreeBSDに親指シフトエミュレータはなかったので(いや、あったかもしれないが知らなかったので)、日本語はローマ字入力だった。これで、日本語については家の中でも二刀流になった。
仕事でWindowsを使うようになると、家でもWindowsパソコンを使うようになった。仕事場ではキーボードの選択肢はなく、英字はJIS配列、日本語はローマ字入力だった。そのせいで、家でもWindowsを使うときはJIS配列を使うになったが、日本語は相変わらずエミュレータで親指シフトを使い続けた。Macは次第に使わなくなっていた。その結果、家の中でもWindowsはJIS配列で親指シフト、FreeBSDはUS配列でローマ字入力ということになった。親指シフトとローマ字入力は方式が全く違うので、頭の切り替えは簡単だ。だが英字のJIS配列とUS配列はときどき混乱する。それでも体の方が順応して、フルサイズの109キーボードを前にすると指がJIS配列モードに、小型のHHKBを前にすると指がUS配列モードに、勝手に切り替わるようになった。
余談だが、このころ仕事場のパソコンがノート型で、大量のプログラミングは手が疲れるので、机の下で膝の上に外付けキーボードを置いて猛烈にコーディングしてたら、周りのみんなから「あいつぼーっと画面見てるだけで全然仕事してない」と思われていた、というのをあとから知ったことがある。このとき使っていた私有の富士通製フルサイズキーボードはタッチが軽くて静かでとても気に入っていたのだが(たぶんそのせいで何もしてないと思われた)、現場を離れるときに置いてきてしまった。いまでもときどき思い出しては悔やんでいる。
ハードウェアの親指シフトキーボードを買ってみたりもした。富士通コンポーネントのFKB8579-661は、買ってはみたものの、タブキーや空白キーなどの配置に全く馴染めず、1日使っただけで売り払った。親指シフトの原点はOASYSだが、もはや教祖のことは受け入れられなくなったのだと悟った。
iPhoneを使うようになると、Bluetooth接続の折り畳みキーボードを持ち歩くようになった。最初がREUDO RBK-2000BT3で、それが壊れてRBK-2300BTiを買いなおした。だが実際のところ、出先でiPhoneにそれほど長文を入力することもなく、またフリック入力でもそこそこ速く入力できるようになったので、途中で持ち歩くのをやめて処分した。iPadを導入してからは、iPadカバーにもなるBluetoothキーボードLogicool TK710などを買ってみたりしたが、持ち歩くにはやや重く、こちらもあまり使わないまま処分した。ちなみにiOSのサードパーティー製外付けキーボードは必ずUS配列だった。今はApple純正のSmart Keyboardを使っていて、こちらは純正なのでJIS配列だ。
他にも、買っては処分し、買っては処分しを繰り返したキーボードはたくさんあるが、キー配列の面ではあまり言うことはない。
パソコンの性能が上がって仮想化ができるようになり、WindowsにもWSLが搭載されるようになると、家でのUNIX系の作業はほとんどWindows機のLinuxでやるようになった。FreeBSD機は単なるファイルサーバになり、ヘッドレス運用になったので、HHKBは取り外した。これでようやく家庭内二刀流は解消し、英字はJIS配列、日本語は親指シフトに統一された。長い道のりだった。
そして最近、親指シフトをやめた。
親指シフトのメリットは「入力しやすい」ことに尽きる。なぜ入力しやすいかと言うと、キータッチ数が少なくて済む、頻出のカナが打ちやすいところにある、ゆえに極めれば高速にタイプが可能、というあたりが理由だろう。しかしそれは、ある程度親指シフトに向いたキーボードが確保できれば、という前提付きの話だ。最近は購入するパソコンがほぼ全てノート型なので、スペックに満足し、かつキーボードが親指シフト向きというモデルはなかなか無い。ゆえに、ある程度のキーボードで妥協せざるを得ないのだが、それで無理やり親指シフトをやると、親指は変な方向にねじ曲がり、そのせいで同時打鍵の判定がうまくいかず、誤入力が多くなる。誤入力が増えると、結局は「入力しやすい」理由を全て打ち消してしまう。はたして、そこまでして親指シフトにこだわる理由があるのだろうか。否。もうローマ字入力で良いではないか。長いものには巻かれよう。『耳をすませば』で雫の父も言ってたぞ。「雫、人と違う生き方はそれなりにしんどいぞ」ってね。そんなことを考えた末、パソコンから親指シフトエミュレータを消した。
これで家の中と外のギャップも解消された。家でもJIS配列でローマ字入力、仕事でもJIS配列でローマ字入力。使い勝手はおんなじで、キーボードの違いで混乱することはもう無い、はずだった。
今年の初夏に仕事現場が変わり、現場の客から支給されたノートパソコンはPanasonicのLet’s noteというやつだった。Let’s noteは伝統的に、キーボードの左下がFnで、その右にCtrlがある。自分はこの配列が大嫌いだ。自分でも昔Let’s noteを使っていたことがあるが、そもそも自分用のパソコンならCtrl2Capを入れてCaps LockキーがCtrlになるように変えてしまうので、特に不便はなかった。しかし客から支給されたパソコンには自由にソフトをインストールできない。BIOS設定を変えればFnとCtrlを入れ替えることはできるはずだが、大人の事情でそれもできない。さらに悪いことに、同時に使うことになった自社のノートパソコンは左下にCtrlがあるタイプで、かつF1~F12を使うためにはFnキーの同時押しが必要な設定になっていた。これもBIOS設定で変えられるはずだが、やはり大人の事情で変えられない。
家・客・会社のパソコンが3種類ともCtrlキーの位置が違う、1種類はファンクションキーの設定も違う、というのはものすごい作業効率の低下を招く。Ctrlキーもファンクションキーもほぼ無意識に押すものだし、ほぼ毎日3種類とも使うとなると、どれかひとつに慣れれば終わりというものでもない。こうして、どのパソコンを使っていても常時Ctrlとファクションキーを押し間違えるという状況が続いた。
そして悩んだ末についに買ってしまったのが、Happy Hacking Keyboardだ。また登場したHHKB。しかし今度は、最新で最上位の「Happy Hacking Keyboard Professional HYBRID Type-S 日本語配列/墨」である。名前が長い。そしてお高い。でも、こいつはBluetoothで4台+有線で1台の計5台のパソコンを一瞬で切り替えて使える。同じキーボードで3台とも操作できるのなら配列の違いに悩むことも無い。いやそれどころか、今後どれだけパソコンが入れ替わっても、もうキーボードに悩むことは無い。
ほかのところでもさんざん言われているが、「Happy Hacking Keyboard Professional HYBRID Type-S」の使い勝手は非常に良い。静電容量無接点方式で心地よいキー、コンパクトなサイズ、理想的なキー配置、遅延の無いBluetooth接続、USB Type-Cでの有線接続、簡単な接続切り替え、敢えて乾電池を採用し古びることのない電源、などなど。キー数が少ないので最初は少し戸惑うかもしれないが、自分は2日で完全に慣れた。
そしてもうひとつ、とても大事なことがある。このキーボードは親指シフトに最適なのだ。スペースキーが短く、無変換キーと変換キーが自然に親指の位置に来る。自分は無変換キーに左シフト、変換キーに右シフトを割り当てるのが好みだ。人によっては「おやうちくん」などでさらに親指シフトキーの位置を改善している場合もあるようだが、個人的にはそこまでしなくても十分実用的だと思う。一度は消した親指シフトエミュレータを再び入れた。自分は最近、無変換キーにIMEオフ、変換キーにIMEオンも割り当てることで、今IMEがどっちのモードなのかを気にしなくて済むようにしているのだが、その切り替えにも手間取らなくなった。これで日本語の入力効率は各段に良くなった。
そんなわけで、HHKB日本語配列を買ったら、また親指シフトを使うようになった。悩みが減ったのか増えたのか、よくわからない気もするが、今はとにかく快適な文字入力が楽しい。この文章も、そんな快適な文字入力を楽しむために無理やり書いたようなところがある。だから皆さん、あまり真剣に読まないでください。
(新旧のHHKB。PD-KB02はなぜか2台持っている)