細谷功さんの「カイシャの老化は止められない」という連載が面白かったので、2013年4月に出た本『会社の老化は止められない―未来を開くための組織不可逆論』も読んでみました。一言でいうと、会社も人間と同じように老化していき、元には戻せないのに、みんながそれを認識してないからいろいろマズいことが出てくるんだよ、というお話。

その中で、会社には少数の「イノベーター」と大多数の「アンチイノベーター」がいて、価値観がまったく逆だという話がありました。イノベーターは、いままで誰もやっていないことを考えるのが好きで、未来志向で、形式より中身を重視します。一方アンチイノベーターは、前例や他社との横並びを意識し、実績に基づく過去志向で、中身より形式を重視するタイプ。イノベーターとアンチイノベーターは、どっちが良いとか悪いとかいう話じゃなくて両方必要なんだけど、会社が成長して老化が進むにつれて、だんだんアンチイノベーターが増えて、イノベーターに対する抵抗勢力となっていきます。

これを読んでいて、もう10年以上前ですが、共立出版の「bit」という情報科学系の雑誌で似たような話を読んだのを思い出しました。そのときは、確か「アマゾン」と「警視庁」という例えで、ほとんど同じようなことを言ってた気がします。すごく印象に残っているので、もう一度読んでみたいんだけど、雑誌は全部処分してしまって手元にありません。また、ウェブでいくら検索しても何もヒットせず、どの号の何という記事だったのかも思い出せません。bitについては、表紙と目次のスキャン画像を置いてくれているサイトがあったので(bitのぺーじ)、これを片っ端から見ていき、ようやく木村泉さんの「さなげ山通信」という連載だったことまで思い出しました。こうなったら現物をあたってみるか! と思ったのですが、いつも利用している公立図書館にはbitは置いていない。調べると、近所の大学図書館が最後の数年分を所蔵していることがわかり、訪ねてみました。高い棚にある雑誌を1冊ずつ取り出して中身を調べ、だいぶ疲れてきたころ、あった、これだ! ようやく見つけました。

読み直してみると、記憶と違ってアマゾンvs.警視庁は3回シリーズでした。

  • 2000年4月号 さなげ山通信22 ドジョウの前例―知的活動におけるリスクと効率
  • 2000年6月号 さなげ山通信23 マリカとは何か―母語と創造性
  • 2000年8月号 さなげ山通信24 腹八分目で参ろう―アマゾンvs.警視庁,パート3

アマゾンと警視庁という言葉は木村さんのオリジナルではなく、中谷宇吉郎さんの「比較科学論」という随筆の中で出てくるのだそうです。科学の研究方法には「アマゾン型」と「警視庁型」の2つの類型がある。警視庁型は、先行研究の穴を見つけてそれを埋める研究をする。それは「犯人がわかっていて、それを捕らえる」ようなものだから、警視庁型と呼ぶ。一方アマゾン型は、例えばアマゾン川上流で新種を探すようなやりかたで、問題があるかないかも分からないようなところから研究対象を見つけ出す。そして、理系分野では警視庁型の偏重がすごい勢いで進んでいるが、それは問題だ、と。

3番目の「腹八分目で参ろう」には、微分回路と積分回路という話が出てきます(これは、もともと中井久夫『分裂病と人類』に出てくる話だとか)。人はみな微分回路と積分回路を持っていて、時に応じて切り替えて使っている。微分回路は入力の「変動」に注目して出方を決めていく機構で、わずかな特徴を捉えてぱっと対象を捕まえるようなときに使う。狩猟と親戚筋。積分回路は入力の「累積和」に着目して対処を決める機構で、過去の実績を調べあげて方針を決めるようなときに使う。農耕と親戚筋。で、もちろん微分回路はアマゾン的で、積分回路は警視庁的です。

イノベーターとアンチイノベーターの場合と同じで、研究(というか知的活動全般)はアマゾンだけでも警視庁だけでも成り立たちません。木村さんは、個人でも組織でも、アマゾン20%に警視庁80%ぐらいを目指すのがよさそうだと締めくくっています。

さなげ山通信、すごく面白いので、ここだけまとめて本にしてくれたら買うんですが。まあ10年以上前の雑誌連載だから、無理だとは思いますが。

■2021年8月12日追記

共立出版の月刊「bit」はいま、イースト株式会社による電子復刻作業が実施されています。2021年秋には個人向けの低価格販売も予定されているそうなので、もうすぐ懐かしの記事が読めるようになるかもしれません。